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安浦漁港 その1
s-DSC_0124.jpg

呉市の東、旧安浦町には安浦漁港という小さな港がある。
波静かな瀬戸内の小さい漁港とはいえ、風が吹けば波も立つから、漁港の入口には防波堤が設置されている。

今回はその「防波堤」について紹介してみたい。



上下の写真がその防波堤の全景である。
戦後間もない昭和27年ごろに設置されたものだという。
逆光で見づらいのだが、何か特徴のある形状をしているのがお分かりだろうか。

s-DSC_0182.jpg


まずは上の写真の左手前側、あるいは下の写真の真ん中あたり。
防波堤にしてはちょっと不自然な低くなっている箇所がある。何なんだろうか。

次に下の写真の左側(上の写真の場合は真ん中辺り)隙間が開いている。
防波堤に隙間はまあ、珍しいとまではいえない。

というか、写真をよく見ると防波堤の素性はわかってしまうかもしれない。

最後に防波堤の「隙間」のアップを。
あれはいけんのうだめじゃのう。
これはこの辺にDynamite!があるというサインでしかないんじゃないかと思うのだが。

ねばーはっぷんじゃ。

ほらこの写真の中にも・・・












ほらあなたの後ろにいる。

そして、上の写真の中にも熊笹。
大雲海
学生時代に真冬の深名線に乗ったときに車掌さんといろいろ話しをしたわけですよ。

幌加内出身のその車掌さんは、

「子供のころは今よりも雪が多くて板壁の隙間から吹き込んできた」とか
「何でこんなところに住むのかと思うだろ?」とか。

昔はもっと雪が多かったといわれても、
そのときだって私からすれば大豪雪です。
名寄から山を登っていく途中に家なんかまったく見えないわけです。

さらに明治以降の近代化の中で急増する人口を、
支えるために開かれていった地域で、

「何でこんなところに住むのか?」

と聞かれても、上手く返事が出来ませんでしたね。

雪と森の中を単行の気動車はひたすら必死になって登っていきました。

それからずいぶん時間がたって、
冬季の交通遮断という理由だけで残っていた深名線も、
道道として1000mを超える名母トンネルが建設され廃止になりました。

日本一大きな人造湖である朱鞠内湖を見た後、
その名母トンネルを抜けて名寄盆地へ下っていこうとするといきなり「これ」です。

名寄盆地

はるか100キロ先の大雪山系まで見渡せる雄大な雲海。

雲海なんて三次でも見られるのかもしれないけれども、
それでも、深名線に乗った旅と同じときに見た新雪の流氷原の次ぐらいにすばらしい光景でした。

0℃

結局、深名線の思い出とは上手くつながらなかったな…
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