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安浦漁港 その2

これが、防波堤となっているその船の舳先である。

その名を武智丸という。二隻あるので第一武智丸と第二武智丸である。

沖側(写真)が第二武智丸となっている。

s-DSC_0172.jpg

で、防波堤となっている廃船という存在そのものも珍しいものとは思うのだが、それ以上にこの船(防波堤)が貴重なものであるという理由は別にある。

ちなみにこの船が建造されたのは昭和19年5月。

日本は負け戦の真っ只中である。南方への輸送のため船はいくらあっても足りないくらいだ。

しかし、船をどんどん作ろうにも資源のない日本では鋼材が足りない。

で、考えられたのが「コンクリート」で船を作ろうというものだった。

s-DSC_0133_20100717223344.jpg

▲船の甲板であった部分の写真である。


ちなみにコンクリートで船を作ろうという発想は、特段珍しいものではなく、鉄筋コンクリートの黎明期には、
その特性を生かすものとしてコンクリート製のボートが作られている。

(子供のころ持っていた学研「発明・発見のひみつ」に載っていたからたぶん間違いない。)

第一次世界大戦でも多く作られたという。

s-DSC_0140.jpg

▲内部構造(意外にシンプルだけど…)

でも、平時にはどう考えても燃費が悪そうなのでやっぱり使われなかった。
こういった船は、戦時以外には(たぶん戦時にも)役に立つとはいえなかったものと思う。
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安浦漁港 その1
s-DSC_0124.jpg

呉市の東、旧安浦町には安浦漁港という小さな港がある。
波静かな瀬戸内の小さい漁港とはいえ、風が吹けば波も立つから、漁港の入口には防波堤が設置されている。

今回はその「防波堤」について紹介してみたい。



上下の写真がその防波堤の全景である。
戦後間もない昭和27年ごろに設置されたものだという。
逆光で見づらいのだが、何か特徴のある形状をしているのがお分かりだろうか。

s-DSC_0182.jpg


まずは上の写真の左手前側、あるいは下の写真の真ん中あたり。
防波堤にしてはちょっと不自然な低くなっている箇所がある。何なんだろうか。

次に下の写真の左側(上の写真の場合は真ん中辺り)隙間が開いている。
防波堤に隙間はまあ、珍しいとまではいえない。

というか、写真をよく見ると防波堤の素性はわかってしまうかもしれない。

最後に防波堤の「隙間」のアップを。
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